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明智光秀の謀反。
そしてここは戦いの最前線。
光秀の姿は無い。
無いから逆に今の状況を信じたくないのだ。
可弥が敵になったなんて。
「何でなんだよ…可弥」
「蘭丸…」
「何で…何で信長様を裏切った!」
――何で蘭丸を裏切った
「信長様はな、
お前の事を認めて下さってたんだぞ!
濃姫様だってそうだ!!」
――蘭丸だって、そうだ
可弥は蘭丸を見つめたまま何も言わない。
「光秀の奴に脅されてるなら、
蘭丸があいつを殺す!
だから――…っ」
――だから、どこにも行かないで
「……蘭丸」
愛おし気に名を呼び、可弥は目を閉じた。
しかし、次に開かれた目に篭っていたのは“殺意”。
「なら、私は君を倒さなくちゃいけない」
向けられたのは救いを求める手ではなく、血を浴びて鈍く光る刀の切っ先。
「私は光秀に仕える軍師。
彼の為に動くのが私の喜び。
だから光秀が信長様に牙を剥くなら、
その牙を突き立てる為の道を
私が切り開く」
可弥は感情を忘れたかのような無表情で淡々と言葉を連ねる。
――誰だ………お前は、誰なんだよ
「光秀の邪魔をするなら――」
――違う、違う…!
こんなのなんて……可弥じゃない!!!
地獄の深淵を思わせる程に冷徹な眼差しが、今までの優しかった可弥も、蘭丸と楽しく過ごした時間すらも否定していく。
続きの言葉なんて、聞きたくなかった。
「 たとえ蘭丸でも 殺 す 」
記憶の中、可弥の笑顔が塗り潰されていった。
想いは同じだと、そう信じてた
信じてたのに――
「――可弥の、分からず屋ああぁっ!!!」
蘭丸は始めて可弥に凶器を向けた。
涙が出そうになって、歯を食いしばる。
「そう、それでこそ信長様の…
魔王の息子だね」
言いながら柔らかく微笑んだその笑みが、平穏な記憶の中の可弥と何一つ変わらなくて、目の前が僅かに涙で滲んだ。
( 君に出会わなければ良かったのに )
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