1章・【遭】

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 二人から少し離れた場所で見守っていた翁は、やれやれまたか、と頭を振った。  肩を震わせているのは、自分を“兄”と言う狐だけではなかった。  猿芝居に陶酔している兄を前に、崋桜の背中もまた震え、美しい毛並みが、纏う(まとう)闘気で揺れている。 「刹那、それ以上は止めておけ。こちらにも火の粉が飛ぶ」  “刹那(せつな)”と呼ばれた自称“兄”は、翁にぽんっと肩を叩かれ振り向いた。 「いやあ、赤ん坊の時から一緒に育った妹なので、可愛くて可愛くて」  刹那の返答に、翁は嘆息した。  刹那は、いちいち反応する崋桜を見て、面白がっているだけなのだ。  勿論、口には出さない。  このふたりは、顔を合わせばいつもこうである。  だが最初からではなかったはず。  ではいつからだろうか。  そんな風に、翁が思案顔をする横で、刹那は構わず続ける。 「小さい頃は兄上、兄上と小鳥のように可愛いらしく俺の傍から離れなかったのに」  崋桜の反応はない。 「一体いつからこんな兄不幸な妹になったのか」  うっうっと刹那が泣く真似をする。  一方、兄不幸と呼ばれた崋桜は終に、ぶつりと限界が切れたようで。 「おまえの性悪を理解していなかったあの頃の記憶など……」  ギンッと崋桜の目が吊り上がる。 「とっくにこの大陸の果てに捨てて来たわ!!」  崋桜が叫ぶと同時に、神通力によってうねりを上げた風が突風となり、刹那を大陸の彼方まで吹き飛ばした――。  その場に居た一同が、一様に溜め息を着いたのは、言うまでもない。
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