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秋の夜長。満月の明かりが降り注ぐ庭先。そこに立っていたのは、秀麗な面差しの女であった。
女は、自分の腕の中でわずかに身じろぐ赤子を見つめ。
「よしよし」
呟いた声が耳に届いたからだろう。赤子は眩しそうに女の顔を見上げて笑った。
女も、溢れる微笑みを向ける。
しかし。
まだまだあどけないその子の前髪を、指でかき上げてやっているうちに。
笑顔が、目元から崩れそうになった。
空を仰ぎ、女は何かを必死に堪えているようで。すると。
ちいさなちいさな手が、女の白銀の髪の先を、くいくいと引っ張った。
「こら、そんなに引っ張るな」
言葉とは裏腹に、女はくすぐったそうに笑っていた。
やっと手を離した幼い子は、一、二度瞬きをして、また煌めくような笑顔を見せる。
「――許せとは言わない」
赤子に語りかける表情は、堪えるような笑顔で。
「おまえを置いて行く事になると知っていながら、おまえを生んだ母を。ただ……」
もう一度、確かめるように我が子を呼ぶ。
「もう、おまえを呼んでやる事が出来ない。おまえの口から、母と呼ばれる事もない」
女は、身を切られたように心痛な面持ちで、瞼を閉じた。
「――さらばだ、晴明」
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