カフェ・キエフと丸田アパート

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 そいつは仲間内から「ノリ」と呼ばれている、小柄でやせっぽちの、猿のような顔をした俺と同じ年くらいの男であった。  俺は以前からそいつの卑屈な振る舞いを不愉快に思っていたので、もう少し冷静な判断が出来ていたらそいつを放って帰っていたところであった。  だがその日の俺は、酔った勢いで気が大きくなっていた。  「おう、『ノリ』。今日は早いんじゃねえか?」  そういうと「ノリ」は床に転がったまま、あの卑屈な笑いを浮かべて頷いた。  「へへ……ちょっと仕事で下手打ったでやんすよ」  まだ声変わりしていない餓鬼のような声で小さくそう言うと、やっとの事で立ち上がり、カウンターの椅子に辿り着くと、店主に水を一杯もらい、そこでやっと一息ついた。  「おいらの勤めてる店で、なじみの客を取っただの因縁つけられて、このザマでやんす。今夜は店の寮にも戻れそうもないでやんすなあ」  客を取った、なんて言うところを見ると、水商売か。ホスト? こいつ、こんな顔と小汚い格好でホストなんてやってたのか。
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