第一節『月夜』

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近づいてくるにつれ、薄明かりにそれの姿は照らされた。 ボロボロになった茶色のコート、ボサボサの髪、そして…鎌の様に伸びた爪、紅く光る瞳。 人の形をしてはいるが、それからは人の気配はない。 例えるなら獣。 お伽話に出てくる怪物。 そういう表現が正いであろう。 女は全てを後悔した。 何故あの時、人通りの多い道を選ばなかったのか。 なぜ、些細な事で彼氏と喧嘩をしてしまったのか。 ずっと自分を追って来たのはこいつだったのだ。 全てを悟った女は、恐怖よりも諦めに近い感覚になった。 いや、諦めではない、現実逃避。 これは夢なんだ。 目を覚ませば、きっといつもの様に自分の部屋にいるはず。 いつもの様に、仕度をして、いつもの様に出社するんだ。 そんな女の逃避を醒ますように、それは叫ぶ。 誰かの名前を。 次の瞬間、それの右手が振り下ろされる。
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