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「すんませんっ!」 広泰より先に、謝ったのは加持で、しゃがみ割れた皿を拾い始める。 「あ、オレっす、すいません!」 慌てて広泰が謝ると、しゃがみ込んだ。 奥から気をつけろよ、新人とチーフらしき男の声がした。 「なんで、テメーが謝ってんだよ」 皿を拾う加持に小声で、広泰が言う。 「黙ってりゃいーのに、オレのほうが融通利くんだよ」 「ざけんな、庇われるつもりなんかねーよ」 「んなんじゃねーよ、面倒なだけだろーが…」 「ふんっ…っ痛っ…」 ちゃりっと、皿を拾う音と同時に広泰が声を上げた。 「あっ、何やってんだよ」 タラリと血が落ちたのは広泰の指先から。 「あ…」 同じ空間で、この距離が… おかしくしてるに違いない。 そう広泰は思う。 「さっきからぼけっとしてんなよ」 カッと掴まれたのは広泰の手首。 掴んだのは加持で。 広泰の指先に這ったぬるりとした感触は、加持の舌。 「あ………っ」 自分の指先を口に含む加持の顔を広泰は目を丸くして暫し固まったまま見ていた。 チラリと赤い舌を覗かせ、加持の唇が広泰の指先から離れる。 その紅さに… 広泰の顔がみるみる赤くなる。 自分でも頬が熱くなるのを感じながら… 「血ぃ、止まったか?」 間近に加持が広泰に聞く。 その首を傾ける加持の顔は、広泰の心中をわかってるのかわかっていないのか。 「…あ…あぁ…」 「絆創膏、あるからコッチ」 指先の切ったあとに、絆創膏が貼られる。 それを巻くのが加持の指で。 じっとそれを見ながら、広泰は思う。 アイドルのファンでもあるまいし。 この絆創膏を外したくないなどと… 「あぁ、なんかさっきは悪かったな…せっかく謝ってくれたのに…」 貼り終え、救急箱をしまう加持に広泰が後ろから言う。 「だから、別にそいうんじゃねぇから」 いーから早く仕事戻るぞと言った加持の顔は笑っていた。 広泰はっとする。 その笑顔が自分に向けられたことに。 「おい、広泰、ぼけっとしてんなよ」 今度振り返った、加持の顔は呆れていていつもの顔だった。
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