悲しみの瞬き

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「こんばんは。いいお月夜ね」  僕らは、はっとすると声の方を振り向いた。  月子びっくりしたような目をして、僕らを見つめていた。  いつの間に来たのか、月子はそこに立っていた。 「本当に、きれいな月だね」  僕はそういうと笑った。 「君、…いや、月子は何年生?」  智史が、少し口ごもりながら聞く。 「私?私、十歳」 「じゃ、僕らと同じか」  義人が小さく呟く。 「月子は、どうしてこんな時間に遊んでるの?」  智史が、夕べとは違ってやんわりと言った。  月子はタタッと走り出すと、滑り台の階段をカンカンと登り、スゥーッと滑った。  赤いスカートのお尻をパンパンと叩くと 「遊びたいから、遊ぶの。時間なんて、関係ないでしょ」  そう言った月子の笑顔は、妙に大人びて見えた。 「家、どこ?」  慎也が、ぽつんと聞く。 「すぐ近くよ」  月子は地面に、木の枝で丸を書くと、ケンケンパッ、と飛び始めた。  赤いスカートの裾が、ひらひらと翻る。 「家の人に、叱られない?」  義人の言葉に、月子の足が止まる。  足を開いたまま、月子は僕らを振り返った。  月光に照らされた月子の姿がぼんやりと光って見える。  その時、僕は見たんだ。月子が一瞬、とても悲しそうな目で瞬きをしたのを。 「大丈夫よ」  けど、次の瞬間。月子はにっこりと笑ってそう言った。  そうして再び足を動かし始める。  月子の手足は、本当に細かった。  そして僕らは、いつもの時間が来ると、駅へと向かった。  月子はひとりで、遊び続けていた。  僕は心の中で呟いていた。 「また、月の夜に」と……。  それからも月の夜に月子はいつもやってきた。  いつも同じ赤いスカートをひらひらさせて遊び回る。  僕らは、月子のいる夜は、六人で公園で遊ぶようになった。  夜の公園に、子供達の笑い声が響く。  それはなんだか、とても奇妙で、僕らにとってはとても楽しいことだった。  僕は、たったの三十分の遊びが、一日の中で一番楽しい時間にさえ思えた。  今までしてきた他人の悪口や勉強の話しなんて、馬鹿らしく思えてきた。
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