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私は、彼女が手にしていたスケッチブックを盗み見た。
それは不思議な光景だった。
この公園を描いたものではないとだけは断言出来る。
彼女が前回に一つも見せなかった無機質な物質がおびただしいほどにまで軒を連ねている。
狂気を感じる程の物質の多さにより、寒色の彩りが領域を支配していた。
そう、彼女が描いている物は、前回と間逆のものなのだ。
その事実が、私の胸を締め付けた。
「夢が終わっちゃう……」
暖色の彩など一つも残されていない。
あの暖かいまでの花々と、瑞々しい程の新緑の数々は何処へ消えてしまったのだろう。
恐らく彼女の心の中からも、忽然と姿を消してしまったに違いない。
「もう、描けない……」
この場所を描き続ける事が出来ない。
それは、ここが不変の場所ではないと言う「現実」のせいなのか。
それとも、夢が壊れた事により心に負った傷のせいで筆が進まないのか。
いずれにせよ、いくら彼女が望んでも、もはやあの暖かい光景を描く事は出来ないのだ。
「本当は描き続けていたい……」
彼女が今描いているのは、描けなくなった事による失望の思いでしかない。
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