無形

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  俺は昨日…多分昨日 屋外の特設ステージで 漫才をしていた   そん時 若い兄ちゃんが 刃物を振り回しながら ステージに上がってきた   そんで そのままへその上辺りを 刺されたんやった   記憶が頭痛と共に 鮮明に甦ってきた   恐怖と痛みも ジワジワと甦る   気がつけば 足元のアスファルトが 赤い雨を受けとめていた   お腹から血が出てる 凄い量だ   俺死んじゃったのかなって思ったら やっと涙が出てきた   「まだ死にたくない…まだ漫才したい…!!まだっ…うっ…うぅ…っ」   RRR...   雨の降りしきる音の中 着信音が微かに響いた   『着信 井上』   ピッ 「ひっ…いの…ぅえ…?」   「やっと繋がった!」   「うっ…うわあぁん!!」   「あーっ泣くなって!落ち着いてえな!」   「いのうえ…俺…死んでしもたん…?」   「まあ…正しく言えば『死にかけてる』みたいな感じや」   「嫌や!寒いし…誰もいいひんし…怖い…」   「まだ死ぬって決まってへん!お前がこっちの世界の…つまり生きてる誰かを強く想い、お前のことを誰かが強く想って、それが一致した時…またこっちに戻ってこれるんや…!」   「………え?」   「石田…ちょっと聞いてもらってええか?」   「う…うん」      「俺はお前のこと愛してるで。愛してるから会いたいねん。漫才やろ…ずっと…せやから…せやから…死ぬなあぁぁ!!」       「井上…」   冷えきった身体の奥深くで 熱が生まれた   死んどる場合か俺 生きるんや 井上と漫才せな もっと   「……き…」   「ん?」   「好き…俺も井上が好き!会いたい!」   そう俺が叫んだ時 閉まっていたクリーニング屋のシャッターが開き 強い光を放った   「うわっ…!!」   「石田!ほら!」   光の中に 微かに伸びた手が見えた   そっと手を出すと 強く握って引っ張られた    
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