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何時の間にか “死の砂漠”と呼ばれるようになったシャラ砂漠。
確かに見渡す限りに存在するのは砂ばかりで、生物の姿を眼にすることもない。
横倒れになり風化した木。
いったいどれほどの時を遡ればいいのかは分からないが、確かにこの砂漠一体が森林地帯であったことを物語っていた。
恵のない砂海にも、西岸から吹いてくる風によって僅かな雨期がある。
それが、姿を見かけない生物にとっての頼りだろう。
無理もない、この砂漠で唯一生物が生息出来る場所があるとするならば、それは砂漠の東部にある大河エレゴスの流域くらいだ。
かつては集落や村が多くあり、その畔には砂国カタールの都が存在していた。
それは、つい最近のことではあるのだが、既に記憶の断片にしかない。
馬の背に跨り、この荒れ果てた砂漠を行く男もまた、歴史という大きな波の中では過去の存在に過ぎなくなっている。
空にある月が照らし出すその姿は、決して頑強な戦士、また屈強な男といったものではない。
刀匠が丹精を込めて鍛え上げた細みのサーベルのような、しなやかでいて鋭い印象を受ける。
騎馬に慣れているのか、手なれた様子で手綱を操っていた。
風が砂を叩き、細かい砂塵が舞い上がる。
昼間とは異なり、夜の砂漠は随分と気温が下がる。
何の準備もなくこの砂漠に入っていたならば、間違いなく落命していたであろうが。
男にとって、この広大な砂の海は庭のようなものだ。
そして、同時に目的地に向かうためのただの道でしかない。
それこそ幼い頃より走り回った場所である、愛着も何もあったものではなく、ただそこにあるべきものである。
産声を上げたのは、この広大な砂海に抱かれて。
存在を失ったのも、この広大な砂海に溺れて。
そう、全ての始まりはここからであり、男にとっての終りもまたここであった。
―――何も変わらない…感じる風も、砂も、月明かりも。
祖国を失ってから既に5年になろうとしている。
生きるために傭兵となり各地を渡り歩いてきたが、ついに同じ肌の色をした人間に出会うことは出来なかった。
戦で剣を振るう間も、同じ戦場に同胞がいないかを捜していたが、それも無駄となった。
あの乱戦の最中、生き残れたほうが奇跡なのだろう。
そう考えれば自分は悪運が強いのか、はたまたほとほと運がないのか。
何故あの時同胞と共に死ねなかったのか、それを何度となく悔やんだ。
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