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同胞たちが難民となって流れたという噂が耳に届くことはついになかった。
逆に考えれば虐殺にあったという可能性もあったのだが、その痕跡すらもない。
八方塞がりの状態は5年もの間続き、望みすらも薄くなり、また次第に男の中に諦めという感情を芽生えさせた。
それでも一部の希望に縋りたい、だからこそこの亡国を度々訪れているのだ。
いづれは同胞たちがここに戻ってくるという、途方もない無理な希望を持って。
そうでもしなければ不安に精神が蝕まれそうだった。
自分自身に言い聞かせ、日々を生きるためにはどうしても必要なことだった。
そして、そう思うたびに絶望する。
ここより広がる景色は、同胞が手を振る光景でも、復興に向けて集う仲間たちの姿でもなく―――戦禍によって失われ荒れ果てた王朝の旧跡と、日を追うごとに埋もれていく栄光に満ちた過去、そして輝きを失った文明の残骸。
かつて砂の都と呼ばれたカタール王朝は既にない、果たしてこの光景を目の当たりにして生きる希望が見出せるだろうか?
押し寄せる失望感と喪失感―――そして、この場所に立つ自分の存在意義の有無。
双眸に映る風景が物語るものは、既に自分の存在が塵芥に過ぎないという事実。
常人ならば精神が崩壊しても可笑しくない。
収穫のない5年の月日が如何に過酷なものであったかは、男以外の誰が知るものでもない。
肌の色が違う、瞳の色が違う、頭髪の色が違う。
向けられる視線は棘を含んだものばかりで、いうなればそれは軽蔑、侮蔑に近いものであった。
故に大都市に身を置くことなく、地方の戦で活動することが多い。
自然な成り行きとして、人目に触れるということ避けるようになる。
色彩の違う人間の中に溶け込むことなど、到底出来ることではない。
人種の壁云々より苦痛だったのは―――今まで会ってきた人間の中に、“アシュタール”“カタール”という単語を知るものがいなかったことだ。
宗教戦争という二度の戦役は、大陸全土、いや世界に広まっても可笑しくない程の大きなものであったにも関わらず、かつてあった民族の名前や王朝の名前を知るものがいない。
それが、男にとっての絶望であった。
旧跡を砂丘から見下ろし、深く息を吸い込む。
懐かしいという感情すら湧かず、ただ義務的に唇を開く。
「アクメネス王陛下、スーリア様―――父上、母上、兄上…そして同胞たち…―――ただ今、戻ってまいりました」
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