〓平泉

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「う……?」 ふと目を覚ました芭蕉は、見覚えのない室内に戸惑った。 道端で曽良くんに罵倒されて絶叫して…。 それからが覚えてない。 よいしょ、と半身を起き上がらせる。 …ここはどこだろう。 自分の部屋ではないようだが。 「まさか」 「あ、芭蕉さん、起きましたね」 どきっとして声がする方を見ると、ふすまをスパーンと開けた曽良がいた。 手には何か茶色い物体を握っている。 「曽良くん…」 「…はー。倒れやがった芭蕉さんをここまで運ぶのに苦労しましたよ…」 やはり曽良が運んでくれたのか。 少しじぃんとしていると、曽良の手元にふと目がいく。 「ホギャァァァー!ななななななっ」 「菜?」 「何してくれてんの君はー!? ちょっとほんのり感心したと思ったら!私の友達がぐっしょぐしょじゃないかー!」 握られていた濡れた物体は、芭蕉の唯一の友達のぐったりマーフィーくんであった。 水分を吸って、心なしか3割増しにぐったりしている。 「何って…手近に布がなかったんもんで…」 「布!?確かにマーフィーくんは布でできてるけど!なんでまた…っぱひゅっ」 不意に曽良が芭蕉の顔をわし掴むと、思いっきり枕に押し付けた。 そしてヒンヤリしたものが額に乗せられる。 「…まだ熱があるみたいですね。大人しく寝てて下さい」 額にあるものを持ち上げてみると、茶色い、ぐったりしたぬいぐるみだった。 「あ…マーフィーくん…」 自分の為に水に浸して持ってきてくれたのか。 …氷のう代わりとして。 少し(いやかなり?)嫌がらせも含まれてるかもしれないが、いつもの曽良には考えられないことだ。 さすがに病人には優しくなるのか。 「ふふっ」 「何です芭蕉さん。気色悪い。永眠させますよ」 「気色悪いて。…うわはいすいませんでしたっ。大人しく寝てますっ」 一睨みされると、慌てて布団にもぐり込んだ。 そろっと顔を出して一応礼を言う。 「…ありがとね」 出口に向かっていた曽良の足がピタリと止まる。 が、そのまま無言で出て行った。 …ほんの少し笑ったように見えたのは気のせいだろうか。 「…かわいいとこもあるじゃないか…」 苦笑すると、芭蕉は熱を下げるのに専念する為、再び布団にもぐり込んだのだった。         続く。
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