〓平泉(曽良)

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――――正直、焦った。 まぁ自分がすっ転ばすのはしょっちゅうなのだが、 芭蕉自らふざけず(本人は本気だろうが)倒れるのはあまりない。 今日はやけにふらふらしてる(いつもだし)なぁと、別段気にも止めずにいたらコレだ。 揺すっても叩いても殴ってもチョップしても、 か細く唸るだけでビクともしなかった。 小雨も降ってきたし、雨宿りさせようにも近くに木陰もない。 宿までも距離がある。 そのまま転がしとく…という甘い誘惑を抑え、 足を持ってうつ伏せで引きずるのも思い留まり、 普段頼まれても冷たくあしらうおんぶで運ぶことにした。 小雨のせいで泥だらけになった体を密着指せるのは少し(かなり)抵抗があったが、とりあえず我慢した。 後で鬱憤を(主に芭蕉で)晴らそうと心に決めて。 一応、この人とはさほど年は離れてないのだが、自分の方が体力はある。 芭蕉は老体のせいか体も軽いから、運ぶのになんの苦労はない、が。 (……臭い…) 本来持つ年寄り特有の体臭と汗と雨水が混じった匂い。 ……はじき飛ばしたい。 「…ぅ」 びくっ。 背後から痙攣とか細い声がする。 …起きたのか? 「…………芭蕉さん?」 アゴを思いっきり引っ張ってみる。 「ぅ…うぅぅ?」 苦しげな顔をするだけだ。 …寝ぼけてるのか。 「……全く…」 夜もふけてきた頃宿に到着すると、 さっそく女将に布団と着替えの用意等をしてもらい、芭蕉を寝かせる。 「ほら、芭蕉さん。起きて下さい。 泥と汗で汚いですよ。顔も普段から汚いです。着替えて下さい」 「…」 反応なし。 自分の暴言にいつもの反応がない。 相当弱ってるようだ。 …面白くない。 「……しょうがないな…」 なるたけ肌を見ないように(気持ち悪いので)しながら着替えさせ、汗も適度に拭ってやる。 一仕事して溜め息をつくと、とりあえず自分も寝ることにした。         続く。
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