〓平泉(曽良)

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暫くして。   「…暑い」 今は春とはいえ、夏に入りかけだ。 気温はそこそこ高い。 やはり熱のあるおっさんと二人で寝るなど、暑苦しいにもほどがある。 やっぱり自分の布団に戻ろうか。 そう思った時、隣からまた小さく声がした。 「…………曽良…」 不意に自分の名を呼ばれ、反射的に振り向く。 「……ふ…はは。泣きわめけ…このダンゴムシが…」 また寝言だった。 びしっ、とこめかみに青筋が浮く。 頬を思いっきりつねあげると、苦しげな顔になった。 満足して離してやるとまたすやすやと眠りだした。 そんな姿に苦笑すると、そのままの布団で曽良もまた眠りについた。     思ったほど眠れた夜の翌朝。   早く起きた曽良は、散歩がてら氷のう代わりのぬいぐるみを再び濡らして帰ってくると、 芭蕉は昨日よりかマシな顔になって起きていた。 内心ほっとすることに疑問を抱きながら、何やら抗議してくる芭蕉を強制的に寝かせた。 まだ微熱っぽいが、明日には出発できるだろう。 部屋から出際、 「……ありがと」 と、小さく声がした。 思わず止まってしまったが、顔がにやけるのを極力隠してそのまま出て行った。     そして今にいたる。 芭蕉はすっかりウザいぐらい元気になっていた。 おとついの出来事を覚えてるか探ってみた(見つめただけだ)が…そんな兆候はないようだ。 かいがいしく世話をしてやった恩も忘れ(知らないのだが)、 ワケの分からん俳句を詠む芭蕉に断罪チョップを食らわしてやった。 ちょっとは気が晴れた。     後で気付いたが、「あの時」は別に口移しでなくとも、 布に水分含ませて吸わせれば良かったのではなかろうか。 …それに、思ったより抵抗もなくあの行動に出たのには自分でも驚いていた。 …何故? 首を捻って暫く思案するが答えは出ない。 「…ま、いいか」 面倒になって考えるのをやめた。 気を取り直して、まだ倒れていた芭蕉を背中ごしに見てにやりと笑う。 自分をかわいくないなどと、ワケの分からんことを言う芭蕉に言葉を返し、いつもの騒がしい旅を続けた。 おわり。
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