緋色の水溜まり

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俺は何度も同じ夢を見る。 決まって、同じ顔の女が現れ、そこには緋色に染まった出刃包丁と緋色の水溜り…。 しかも、その女が緋色に染まっている。 昔の彼女に良く似た女…。 「あぁ、俺はこの女を殺してしまったんだな…」 そう呟いた所で、いつも目を覚ます。 最悪の目覚めだ。 俺は殺人願望でもあるのだろうか、そんな悩みにも苛まれる。 ゆっくりとかぶりを振りながら、俺は目覚めのコーヒーに口をつけ、ネクタイをしめ会社へと向かう。 もう、何年こんな怠惰な人生を送るのだろう。 そんなことを考えながら、会社へと向かう。 会社の手前にあるスクランブル交差点をいつものように渡った。 すれ違う大勢の人ごみの中に、確かにそれはいた。そう、あの夢の女だ。 幾度見たかもわからない夢の中で、どこか哀しそうに笑う女。 見間違い様があるはずもない。 俺は、会社のことも忘れ、踵を返し、女の後を追った。 「俺は今日、この女を殺すのだ」 どこか、確信めいたものがあった。 理由はわからない。しいて言えば、あの悪夢から解放されるためであろう。 あぁ、人とはこんな理由で人を殺めるものなのだろうか。そんなことを考えながら、女の後を追っていたが、いつのまにか女は姿を消していた。 たしかに先ほどまでは俺の少し前を歩いていたはずなのに。 「見失った…。けど、これで良かったのかもしれない…」 そう、考えていると、わき腹に鈍い痛みが走った。 慌てて振り返ると、そこにはあの女が立っていた。 女の手には緋色に染まった出刃包丁が握られ、俺のわき腹に刺さっていた。 「なんで・・・?」 思わず、出た言葉がそれだった。 鈍い痛みがいつしか激しい痛みに変わっていた。 俺はその場に倒れこんだ。それと同時に、緋色に染まった出刃包丁は乾いた音を立てて地に落ちた。 とめどなく溢れる生暖かい液体が緋色の水溜りとなった。 あの夢は、俺が女を殺すんじゃなくて、俺が女に殺されるんだと…。 そんなことを考えながら俺は、薄れ行く記憶の中で哀しそうに笑う女の顔を見た。 それが、俺がこの世で見た最後の光景だった。 『姉さんは貴方と別れてすぐ自殺した…。なんで別れたの…?貴方と別れてさえいなければ…』 その声は既に事切れた俺の耳には届かなかった。 完。
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