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俺が物心ついた時から、周りに居た連中が皆、俺を“田中浩介”と呼んでいたから、便宜上その名前を使っているだけ。俺は、両親の顔を知らない。俺を産み出した、糞ったれのどちらかの姓が、“田中”であったのかどうかさえ知らないし、尋ねもしなかった。
車もマンションの部屋も携帯も、名義は顔も知らない連中ばかりだ。目先の金にすがり、結局、何もかも取り上げられた間抜けな連中の――。
自分自身さえ、他人名義のような気がする。確実に俺の物と言えるのは、バッグの中の金ぐらいなもの。そして、それが俺の全て。
マンションから出した車を、すぐ隣のショッピングセンターに入れた。十階建てのビルの、七階から上が駐車場になっている。そこから、俺の部屋が一望できる。平日の昼間。駐車場はガラガラだった。
後部座席のシートを前に倒し、背もたれに隠した、もう一丁の銃を確認する。ダッシュボードを開ける。誰かの名義の“俺の”携帯は、まだ四本残っていた。助手席のカートン箱から、新しい煙草を取り出して封を切る。喉がカラカラで、口中に広がるヤニの味が不快だった。
車を降りて、自販機まで歩くのは億劫だった。“エデン”を出た後、或いは“エデン”で、俺は酒以外の何かを飲まされたに違いない。その何かとニコチンを、体内で戦わせる。
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