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ボリュームを絞っていたラジオから、微かに時報が聞こえた。四時。
「さて……」
敢えて声を出してから、双眼鏡を構えた。部屋のカーテンは、そのために開けて出て来た。吉田が本当に一人で来るのか、吉田と誰かが一緒に来るのか、吉田以外の誰かが現れるのか……。
寝る前に自販機に行かなかった自分を呪った。口の中は、もはや干からびている。余計に不味いのは分かっていて、また煙草に火を点ける。
「クソっ……」
苦い煙を吐き出した。“あの時”の記憶が頭から離れない。思い出したくもない記憶は、嘲笑うかのように鮮烈に蘇る。そして、自分で刻み付けた、左肩のイニシャルが熱を帯びて、疼く。
十分が過ぎた。双眼鏡のレンズの先に、まだ動きはない。西日がマンションの窓ガラスに反射して、いやに目障りだった。
園長を殴り倒し、金を奪った。俺はアイツを連れて、どこかへ逃げようと思った。愛などではない。同情や哀れみならまだマシだ。俺が、ただ、孤独に耐えられなかっただけ。アイツをダシに使おうとしただけ。
凍えるような夜だった。
「海がキレイな、あったかい南の島で暮らしたい……」
口癖のように、いつもいつもそう話していたアイツは、あの凍てついた夜、ビルの屋上から身を投げた。
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