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「アレは傑作だったな」
彼は笑う。
「あのテンパり方は尋常じゃなかった。いやー笑わせてもらったよ」
「人の失敗を笑うっていうのはあんまり良くないと思うなぁ」
力なく反抗してみるが、あまり意味は無いようだ。
そもそも、ケラケラと笑う彼は失敗なんてものに縁の無さそうな生き方をしている
人間なのだ。
失敗した人の気持ちが分かるとは思えない。
「悪い悪い。まぁ、そんなに気にするなよ」
「気にするよ!」
今日は陸上の大会で、私はリレーの選手だった。
第二走者からバトンを受け取り、第四走者に繋ぐのが第三走者である私の役目。
鳴り響く雷管の音。迫る第二走者。走り出す私は左手を後ろへ伸ばし、受け取るは
ずのバトンを取り落としてしまった。
カランカランとタータンに響くバトンの音が、耳に残った。
しかし、この人に私の苦悩がわかるだろうか?
いいや、分かりはしない。
今までこの人が私の何かを理解してくれた事があっただろうか。
少なくとも、私の記憶の中では全く無い。
いつも良くわからない教えを残しては笑っていた。そして、その教えはいつも私を
助けてくれた。
だが、彼はそれを知らないでいる。
私が何も言わないのもあるが、元々皮肉めいたものだったから、本人に自覚が無い
というのが本当のところなのだろう。
「私が失敗しなきゃ一位通過できたのに…」
私がバトンを落としたせいで失格扱いになり、アンカーだった三年生の先輩とは顔
を合わせていない。
「まぁ、そうかもしれないな」
彼は…深山一幸はそう言って太陽を背に振り返った。
二つ年上の彼はいまや大学生で、陸上部の先輩で、幼馴染だったりする。
「でも、そうじゃなかったかもしれないだろ?」
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