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「小麦~遅れるわよ~」
と、台所から母の声。
わかっているけど、鏡の前で最終チェック中。
今朝は、ちょっと寝坊した。
夕べ、遅くまで、ファッション雑誌を見ていたから、
くっきり二重の自慢の目が、ちょっとだけ腫れぼったい。
気をつけなくちゃ。
いつもの電車、いつもの場所。
5つ目の駅で、ゆっくり降りる。
私を10人の男子高校生が、ササッと取り囲む。
二人が、スーッと両隣に並んだ。
リハーサルをしたかのように、自然な動きだ。
今日は、この二人か…
二人は、遠慮がちに、「小麦ちゃん、おはよー」と、挨拶してくる。
私は、ニッコリ微笑んで、二人を交互に見る。
あえて、声に出して挨拶は、返さない。
二人は、顔を赤くして緊張している。
早く、何か話さないと改札に着いちゃうよ。
私は、心の中で思った。
ほら~着いちゃった~。
10人の男子高校生は、口々に「小麦ちゃん、バイバーイ」
「また、明日ね~」
って言いながら、散って行く。
これが、駅の中だけの、毎日の儀式。
彼らは、私のファンクラブらしい。
現在38人が、在籍している。
全員で取り囲んだのでは、私に迷惑が、かかるだろうと言う配慮から、毎朝10人ずつ、順番が決まっていて、両隣の二人は、当日ジャンケンの勝者がつく事ができる。
以前、突然にファンクラブの会長と言う人が、駅構内のエスコートを申し出てきた。
「小麦ちゃんには、迷惑は、かけない」
「小麦ちゃんを命がけで守る」
とまで言われ、命がけって…と思いながらも、承諾した。
次の日から、毎日この儀式は、続いている。
律儀な人達だ。
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