六十一号室の惨劇

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ナカドウさんが『森島鉄鋼』に勤めていたのは、今から七、八年も前のことだ。 当時から生活が厳しくなかった訳ではない。だが、日々の暮らしはとても暖かかったし、家族の命が自分の肩にかかっている責任感を思うと、言わずと力が湧いてくるものだった。 ナカドウさんには息子がいた。まだ幼かったが、だからこそ大いに可愛がった。ナカドウさんとしては、子供に家のことを引け目に思って欲しくなかったから、なおさら多く働いた。 疲れは溜まっていた。だが辛くはない。いまの家庭が幸せになる――それだけを切に願っていた。 ナカドウさんは、そういう人だった。
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