心時屋の看板娘

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「心時屋」は、ある地方都市のある町にある、 代々続く小さな骨董品屋。 真琴は、その店の看板娘。 いや、一応、子供が一人いる人妻だから、 正確には「娘」とは言わないだろう。 でも、「看板妻」「看板嫁」とは言わないから、 やはり「看板娘」なのだ。 子供は2才の女の子。 夏には3才になる。 名前は陽光と書いて、ひかりと読む。 父親が付けた。 その父親、つまり真琴の夫は、と言うと・・・。 「陽光のクリスマスプレゼントを買ってくる」 と言って出掛けたまま、帰ってこないのだ。 テーブルの上のメモ紙に気付いたのは、 夕飯近くになっても夫が帰ってこないため、 ケータイに電話しようと、 真琴がリビングに入った時だった。 夫の字で 「俺を探さないでくれ。 暫く一人で考えたい」と 書かれてある紙片を見つけた真琴が、 その意味を理解するまで時間がかかった。 夫とは恋愛結婚だった。 5年前、サラリーマンの夫が、 まだ学生だった真琴に一目惚れし、 卒業を待って結婚したのだ。 夫は、真琴の家業は知っていた。 「跡取り娘だから 婿養子になってもらわないと困る」と言われた時も、 三男だから二つ返事で承諾した。 真琴の性格も好みも、 夫はちゃんと知っていた。 全て引っ括めて 真琴を好きになった。 知らなかったのは、 「心時屋」が普通の骨董品屋とは違う事だった。 その跡取りである真琴も、 普通の女性とちょっと違う事だった。 「心時屋」には、 ただの骨董品が持ち込まれるわけではなかったのだ。 「何かが憑いてる」 「得体の知れないものが現われる」 「誰かの念が残ってる(入ってる)らしい」 つまり、曰く付きの物が持ち込まれているのだ。 だから、この店には、 骨董品の価値が分かる人間より、 普通の人には見えないものが“視える”人間が必要なのだ。 時田家では、代々女性に、 そのチカラが継がれてきた。 曾祖母も祖母も母も、そのチカラを持って生まれてきた。 そして、真琴もそうだったのだ。 だから、曾祖父も祖父も父も、婿養子なのだ。 そして、真琴も婿養子を迎えたのだった。 ただ、真琴の夫は、 曾祖父や祖父や父と違い、 少しばかり神経が細かった。 店に持ち込まれる品々が毎度繰り広げる、 不可思議な出来事に耐えられなかったのだ。
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