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「君、本日づけで解雇ね」
「……はい?」
初頭、いきなりの解雇宣言に、マルクは思わず自分の耳を疑った。
かいこ…カイコ…蚕……解雇?
「ちょッ、ちょちょちょちょっと待って下さいよ!!僕が何をやったというのですか!!」
「やってるよ、じゅ~~~~ぶんにね」
あまりの急展開過ぎる状況に飛び付いたマルクに、見るからに高価なガウンを身に纏った初老の男性は冷静に彼の背後を指差した。
彼の背後にある室内は、つい先ほどまで最終戦争の最前線だったかと思うほどの有り様となっていた。
その見るも無惨な黒焦げの部屋には地雷代わりに割れたビーカーが散乱し、なんらかの化学反応で発生したショッキングピンクとカーマインレッドの煙が濛々と立ち込めている。
しかも、充満するこの鼻につく刺激臭は強酸とアンモニア。それが床だけでなく天井にも付着し、ポタポタと降り注いでいるのだった。
大変危険極まりないことこの上ない。この部屋に十分でも閉じ込められようものならば、昇天は必至である。
「あー……ま、まぁ…あれは努力の結晶というかなんというか……偉業を成し遂げる前の第一段階というか……ね?」
「それはもう何度も聞いたよ。それでは本当に困るのだ、結果を出してくれなければな。知っているかい?君の研究室の修繕費用はもはや我が家系の存続さえ危うくしているのだよ」
「うう……本当にすみません……」
爆発に次ぐ爆発。破壊した部屋、消滅させた研究資料資材は数知れず。
困ったように腰に手を当てる雇い主の前で、マルクはひたすら腰を低く頭を下げ続けるしかなかった。
「マルク君」
既に五十回は超えた土下座をするマルクの肩に、男性の大きく厚い手が置かれた。
「私と君の父上は、古い友人だ。だから、彼の息子である君を雇っているわけだが、こうなっては私もそろそろ庇いきれない」
「そんなこと言わないで下さい!なんだってしますから!給仕だって庭師だって、御要望であれば夜の御供だってしますから!!」
泣き付かんばかりに男性のガウンを掴み、千切れんばかりに振り回すマルク。
頭を振られ過ぎて多少鬱血状態になりながらも、男性はマルクの手を取った。
「すまない。まぁ、これも一種の勉強だと思って諦めてくれ」
「そんな!僕はやればできる子なんです!母上だってそう言ってくれましたし、そこをなんとか―――」
「今まで、どうもありがとう」
マルクの両手を握って、男性は勝手に別れの涙を浮かばせながら熱い視線を向けてきた。
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