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「用?用なんてないよ?
バッカじゃないの?」
(仕方がなく)家に招き入れた俺の恋人であり先輩でもある相手を適当にそこらへんに座らせ、お茶を入れてやりさりげなくご機嫌をとった後で
「で、何のご用ですか?」
とわざわざスマイルまで作り尋ねた俺に彼女はまるでそれが当然とばかりに言い放った。
俺の笑顔はその瞬間固まったね。マジで。
何故に当然でもない事を当然だと言い張るのだろうこの人は。
そもそもバカにバカと言われる筋合いなどない。
「アホですか、あんた」
無意識のうちに呟いた言葉には綺麗な右ストレートが返ってきた。
こういうところだけは律儀だ。
はぁーあ、とわざとらしく大げさに溜息をついてみせ、俺は先輩と向き合うように正座をする。
先輩も何故か同じように正座をし始めたが彼女の突飛な行動はいつもの事なので俺は素知らぬフリをした。
人差し指を真上にたて、諭すように話を始める。
「あのですね、先輩。今何時だと思…」
「約五時四十分だね。でもそれがどうかしたの?君もさ、睡眠に時間を浪費するくらいだったらもっと有意義な事したら?」
俺の話は僅か一秒でばっさりと切り捨てられてしまった。正直やるせない。
「だいたい君は暇さえあれば寝てるし。人生損してるよ」
「…」
「…あれ?」
「…」
「どうしたのさ?」
「…」
「…」
「…」
「怒った?」
「…」
「ね、怒ったの?」
別に怒ったわけではなくて、呆れて声も出ずに頭を抱えて黙り込んでしまった俺の顔を相手はのぞき込んでくる。
すぐに「怒ってないですよ」と否定しようかと思ったけど、その相手の顔がどこか不安そうな雰囲気をかもちだしていたので、もう少しこのまま眺めてるのも悪くないなぁ。
なんて、相手の滅多に見せない顔が見れて内心少しだけ喜んでいた俺の唇に何かが触れた。
「これで許してよね。はい、仲直り」
軽く触れるだけのキスが終わりパッと俺から離れて、何故か真剣な顔をした先輩に「これだけで許せって、なんて安上がりな」とぼやいたら「殴るよ?」と脅された。
でも、本当はこれだけで俺は先輩が俺の安眠を邪魔した事も部屋に上がり込んできたこともバカと言った事も殴ってきた事も全部許してしまいたい気持ちになっていたし。
現に許してしまっていた。
安上がりのキスくらいで喜んで少しだけ浮かれている、彼女よりそんな俺の方が先輩の言うとおりバカなのかもしれない。
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