黒い月の下で

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…薄汚れた、赤い髪。 纏うのは白い薄布だけ。 懸命に走る後ろ姿。 その足に括られた、鉄球の枷。 …該当する単語は一つ。 人狩りマンハント。 奴隷か囚人かは知らないが。 逃げる所を、遊び半分で狙い撃つ。 これほどの無法も、そうはあるまい。 …此処は、砂漠だ。 灼熱の昼と凍える夜を繰り返す、過酷そのものの地。 故に、砂漠には法がない。 此処に生きる者達は法など気に掛けないし、気に掛ける余裕もない。 だから、あるのは<礼>だけだ。 生きる事に、生き抜く事に懸命に成らざるを得ないから。 命ある事の尊さは、<砂の國>に生きるすべての者の<礼>となる。 "生者に、敬意を 死者に、敬意を" …其は砂の掟。 <小さな王>と交わせし約定也。 放り出した遠見の筒。 曲刀ファルシオンを腰から抜き、ズタ袋の一つを肩に掛ける。 荷物をまとめる時間はない。 早急に厄介事を片付け、残りはほとぼりが冷めてから回収する。 「…砂漠の夜に、無粋は許さない」 <王>を讃える詩の一節。 古き叙情詩さながらに。 眠たげな声でそう紡ぎ、黒き月夜に影が舞った。
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