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突然現れた羽衣の姿と共に、
畳を這いつくばる尖った外気が土方の膝を掠めた
白い滑らかな肌に、適度に配置された目鼻……加え、その女の雰囲気から滲む雪の結晶のように繊細な危うさは、女のいろはを熟知している筈の土方を黙らせた
もしかすると、日々鍛錬している玄人でさえ真っ青になってしまうかもしれない程端正な顔立ちに、手持ちを煙管から湯のみへと変えた彼は完全に面食らった様子で呆けている
有ろう事か、沈着冷静な土方が茶が口につくか付かないかの所で湯のみを遊ばせ唖然する様は正直、見ものである
無論、面白大好き特攻隊長は
目ざとく、その様子に含み笑いを必死に隠しながら……それでも何とか無言を取り繕った
そして、そんな沖田を知る由も無く、今まさに自分にいっぱいいっぱいな土方、羽衣は相手の出方をうかがうように同じく口を噤んでしまう
どちらも言葉を発しぬ長い沈黙の末、結局は最初にこの空気に耐えきれなくなったのは他でも無い羽衣で……
ほぼ、初対面の沖田と完全に初対面の人相の悪い男
その、狭間で必死に耐えながら
彼女は意を決したように口を開いた
「あのっ……」
か細い声が静かすぎる室内にやけに響いた時、人相の悪い男
土方……は、自らの心内のみで
はたと我に返り、勤めて平静にわるいとだけ一言こぼした
「……名前、は?」
なるべく柔らかい音色を心掛けた土方の質問に、羽衣は少しうろたえたものの、彼をしっかり見据えてからゆっくりと、それでいて凛と言葉をつむぐ
この先、どうなろうと最後まで矜持(キョウジ=プライド)は保ちたいという羽衣のなけなしの思いだった
「葛屋 羽衣(カズラヤ ウイ)と……申します」
そうとは知らず滑らかに腰を折り、畳に指先揃える羽衣を視中に収めて、土方は満足げに頷いてから次に沖田へと膝を向け丁寧に座り直す
そして、今までに無い程に至極真剣な眼差しを向け口を開いた
彼が久方ぶりに、鬼の仮面を外した瞬間だった
「でかしたなっ……総司―――
でっ?祝言(※)は、いつにする気だ?」
「………………」
「………………」
「「っ……はぁぁ―――?」」
物凄く緩い顔の土方、の突然で
唐突な物言いに対し、沖田と羽衣の声が見事に揃い
部屋の柱を軋ませた……のは、言うまでもない
(※)祝言=今で言う結婚式
両家で酒を組交す儀式。
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