暗転、そして急転

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      返事をしない龍野に、青年は困り切って首を傾げる。       「あの……立てますか?」       年下にも丁寧な敬語を使うきちんとした性格。   嘲笑の中手を差し伸べる勇気、優しさ。       それに対する劣等感がますます龍野を卑屈にさせる。       だが返事さえしないのは道徳的にどうなのかと思ったので、無理矢理な笑みを作る。 そして「大丈夫です」と言おうとして、声を無くした。       声帯が震えるという機能を忘れてしまったかのようだった。       「え、えっと。あの……」       対処法を完全に見失ったらしい青年の手を乱暴に振り払う。     呆然としている青年を放って立ち上がり、何度も人にぶつかりながらその場を逃げ出した。       何も考えられないままに進む。 最後に角を曲がる前、ほんの少しだけチラリと青年の方をうかがった。       やっと我に返ったらしい青年は、さすがに憤慨を露わにしてそこを去ろうと龍野に背を向けた。       龍野が中学校三年間、ずっと焦がれていた、私立の制服に身を包んで。    
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