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汚い作業服のまま寝てしまったため、上着のポケットに入った物も全て入っている。
携帯、財布、そしてタバコ。
決まって右ポケットからタバコを取り出し、ライターで火をともす。
ジッポの冷めた、鈍い金属音。
くわえたタバコの先からは、魂のような細い煙がゆらゆらと上がってゆく。
肺にたまった煙をゆっくり吐き出し、頭の中で状況整理をする俺。
「それは簡単な事でしょうか?」
「簡単な事です、鏡を一枚壊していただくだけなんですから」
「分かりました、やりましょう」
ジェラールはその言葉に安心し、シワのある顔に印象深く微笑む。
「ですが、ジェラールさん」
俺の切り返した言葉にジェラールは顔をしかめる。
「ここで会ったのも何かの縁です」
「ジェラールさんの事を聞かせて下さい」
偶然にでも出会った不思議な魔法使いの話が、退屈した日常よりも数倍に楽しめる。
そんな気がしたのだ。
「フフッ、確かに筋が通りませんな」
ジェラールはゆっくり膝の本を閉じると、お茶菓子の置かれたテーブルへと移す。
「お話いたしましょう」
老人は昔を思いだすように、子供に戻るように、ゆっくりと語り始めたのである。
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