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🍀静酔→
一面に広がる田んぼ道。信号待ちをしているのは田畑に使われる、人体が剥き出しの車だけ。
信号がいるのかも疑いたくなる光景だ。そもそもあの手の機械は道路を走れるのか。
蜜柑はその畦道(あぜみち)を物珍しげに歩いていた。
「私の住んでたとこも、ここまで田舎じゃなかったなぁ」
大きな荷物を引きずるようにして、微かに南国訛りの言葉を漏らす。今年から県外の大学に一人暮らしということもあり、緊張と不安とドキドキを胸にやって来た。それなのに都会の部類に入るはずの県は、少し中心地を外れるだけでこんなにも田舎な空間が広がっていたのだ。
(だから大学もあんなに大きかったんだ)
現実的な地価の現状に思い至り、蜜柑はそっと息をつく。
「でも、きっと楽しいことがいっぱい待ち受けているよね!」
持ち前のポジティブ思考で、彼女の不安(不満)はドキドキへと変わった。童顔だと言われる可愛らしい顔が輝いた。丸い瞳は好奇心にキョロキョロと辺りを見渡す。
「楽しいわけないじゃない」
辺りに人はいないと思っていたのに、いつの間にか近くに女の人が立っていた。重たげな黒髪が視界の横を遮ってゆく。
「?……待ってくださいっ」
思わず大きな声で呼び止めると、彼女は面倒くさそうに振り向いた。
「地元の方ですか?あの……この辺りに大学寮があると思うんですけど。道に迷っちゃって」
人懐っこい笑顔で助けを求めると、黒髪の女は肩をすくめた。
「方向音痴なんだな。大学入学なら同い年。敬語はいらないから」
淡々としたぶっきらぼうな物言いにも、蜜柑は笑顔を深めた。
「はいっありがとうございます!」
「……話聞いてた?」
奇妙な組み合わせの二人は、そのまま宇須見町の隅から隅までを歩くこととなる。道を聞いた相手が悪かったのだ。
「あの……名前は何と言うんですか?」
「華月。あと同い年だから敬語いらない」
「かづきさんですね!私は蜜柑です」
「…………」
この時互いに
華月は方向音痴。
蜜柑は自由人。
と脳内にインプットされたのは言うまでもない。
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