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目を覚ますとそこは、見慣れた部屋だった。
暖かく灯った蝋燭の火が、わずかな隙間風に吹かれてゆらゆらと揺れている。あまりに見慣れた光景に、彼は夢を見ているのかとさえ思った。
「おはよ」
夢にしてははっきりした声だと思った。しかしそれは、紛れもない現実の声。
「セルム……」
思わず呟いた言葉は声の主を示していた。
パンがのった皿を大事そうに抱え、微笑みながらユートを見つめている。
母性に溢れる優しい顔立ちは、肩までのびた薄い緑色の髪によく映えた。肌は透けるように白く、四肢は華奢で可憐さを一層に際立てている。
そんな変わらぬ恋人の姿を見て、ユートは笑みをこぼした。
「運び込まれて来たときは、びっくりしたんだから」
セルムは顔を赤らめて言う。そしてゆっくりとユートへと近づいた。
「無理しなかった?」
セルムの一言に、ユートの顔が一瞬引きつる。
「力を使ったのね……」
微笑んでいたセルムは落胆した表情を見せてため息をついた。目元には、わずかに涙が浮かんでいるようにも見える。
「やらなきゃやられてたんだ」
ユートは焦った表情で弁解するが、セルムは表情を曇らせたままだ。
「わかってるよ……でもユートの力は使っちゃダメなの」
念を押すようにいうセルムの視線は、床を向いたまま動かない。
「大丈夫だって」
ユートは変わらない調子で言うが、セルムは顔を上げようとしない。
「死ぬかもしれないのに?」
ユートはわずかに反応した。
「命を削るんでしょ? 戦争が終わったから、もう力は使わないって約束したのに!」
セルムは顔上げて叫ぶ。涙が頬を伝い、声は震えていた。
「ごめん」
ユートは泣き崩れるセルムをそっと抱き締め「ごめん」と、ただ謝り続けることしか出来なかった。
セルムはそのまま眠りにつくまで泣き続け、いつ終わるとも知れないユートの命を嘆いた。
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