第一章

2/7
前へ
/46ページ
次へ
 目を覚ますとそこは、見慣れた部屋だった。  暖かく灯った蝋燭の火が、わずかな隙間風に吹かれてゆらゆらと揺れている。あまりに見慣れた光景に、彼は夢を見ているのかとさえ思った。 「おはよ」  夢にしてははっきりした声だと思った。しかしそれは、紛れもない現実の声。 「セルム……」  思わず呟いた言葉は声の主を示していた。  パンがのった皿を大事そうに抱え、微笑みながらユートを見つめている。  母性に溢れる優しい顔立ちは、肩までのびた薄い緑色の髪によく映えた。肌は透けるように白く、四肢は華奢で可憐さを一層に際立てている。  そんな変わらぬ恋人の姿を見て、ユートは笑みをこぼした。 「運び込まれて来たときは、びっくりしたんだから」  セルムは顔を赤らめて言う。そしてゆっくりとユートへと近づいた。 「無理しなかった?」  セルムの一言に、ユートの顔が一瞬引きつる。 「力を使ったのね……」  微笑んでいたセルムは落胆した表情を見せてため息をついた。目元には、わずかに涙が浮かんでいるようにも見える。 「やらなきゃやられてたんだ」  ユートは焦った表情で弁解するが、セルムは表情を曇らせたままだ。 「わかってるよ……でもユートの力は使っちゃダメなの」  念を押すようにいうセルムの視線は、床を向いたまま動かない。        「大丈夫だって」  ユートは変わらない調子で言うが、セルムは顔を上げようとしない。 「死ぬかもしれないのに?」  ユートはわずかに反応した。 「命を削るんでしょ? 戦争が終わったから、もう力は使わないって約束したのに!」  セルムは顔上げて叫ぶ。涙が頬を伝い、声は震えていた。 「ごめん」  ユートは泣き崩れるセルムをそっと抱き締め「ごめん」と、ただ謝り続けることしか出来なかった。  セルムはそのまま眠りにつくまで泣き続け、いつ終わるとも知れないユートの命を嘆いた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

655人が本棚に入れています
本棚に追加