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──巨大な魔物を見かけたという通報から、ユートは同僚二人と共に街の離れにある森へと出向いた。
そこで最初の異変に気付いたのは同僚の一人。普段なら多くの動物に出くわすはずが、この日はただの一匹さえも姿を現さなかったのである。
それどころか、鳥の鳴き声すら聞こえない。
不気味な雰囲気に違和感を感じながらも、彼らは森の奥へと足を進めた。
ふとユートが足を止める。感じたのは、自分達を狙う殺気。周囲を警戒していた同僚達もそれに感付いたのか、一気に緊張感が高まっていく。
「例の魔物か?」
怯えた様子で同僚の一人が口を開いた。
「どうだろうな……話によれば巨大な魔物なんだろ? どこにもそんな姿は──」
ユートはわずか前方に意識を集中する。姿は未だ見えないが、その先には、確かに何ものかが存在していた。
ジトリ。と冷たい汗が背中を濡らしていくのがわかる。
相手は想像以上に強か。
姿の見えない距離から、こちらの様子を窺っているのが何よりの証拠だった。
ほんの一瞬、木々の折れる音が聞こえた。
まだ様子を窺っているのか?
攻撃の準備をしているのか?
思慮を巡らせるが、全てが後手に回っているように錯覚する。
とその時、痺れを切らした同僚の一人が持っていた弓を前方に向かって放った。
「来るならきやがれってんだ! こ、こっちには英雄がついてるんだぞぉ!」
「待てっ!」
制止するユートを無視して同僚の男は二発目の矢を放つ。
一瞬だけ、ユートらの意識が自分から離れたのを相手は見逃さなかった。
静寂を打ち破りユート達に迫る巨体は加速を続け、瞬く間にその距離を縮める。
「くそっ! 避けろ!」
ユートは声を荒げ、咄嗟に側方へと跳躍して転がった。
すぐさま起き上がり通過した魔物を見やる。
薄暗い森の中だったが、その巨体を覆う褐色の鱗は容易に見て取れた。
身体の大部分を占める巨大な尻尾は不気味にうねり、その存在を際立たせる。
大地に立つ二本の足の先には鋭い爪が生え、視線を上げた先には血に染まった大顎がうごめいている。
「こいつは……ドラゴン、なのか?」
これまで戦ったことはなかったが、ドラゴンというものを見たことはある。
しかし今眼前にある姿は、ユートの知るドラゴンとはかけ離れていた。
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