第二章「ライル王国」

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ニレス。 ライル国の小さな町。 そのニレスの一軒しかない宿に、アフェはいた。 アラードの名前を、宿の受付の男に言って部屋を案内してもらう。 部屋の中は至ってシンプルであり、小さなテーブルにベッドが一つしかない。 あとは、二人座れるソファだけだった。 壁には、絵画など飾られておらず、あると言えば、大きな窓だけ。 そこから見える景色は、森と湖だ。 青い湖だった。 まだ、空は青く向こう側が夕焼けの色に染まりつつある。 湖に映るは、白い雲。 鳥が飛ぶ姿。 アフェは窓から離れ、隣室に続く扉を開ける。 ベッドが一つだけあった。 ベッドの隅に、荷物が置けるほどのスペースがあったので、アフェはそこに荷物を置いた。 灯りは点いている。 光の魔法だろう。 カンテラの中に、光が、浮いては沈み浮いては沈みの繰り返しで動いていた。 アフェは目をほころばせて、その光の動きを見つめた。 不意に、アフェの幼き時を思い出した。 初めて光の魔法を使えた時。 母は、褒めてくれた。 優しくしてくれた。 その時だけが、母の温もりを知る。 アフェの兄や姉が、魔法と剣の使い手で有名だったため、母はいつも二人から離れようとはしなかった。 アフェは、いつも母に甘えたかった。 兄や姉に優しくしている母を見ると、自分も同じようにされたいと思う。 だから、アフェは魔法を幼き時に覚えた。 光の魔法を初めに覚え、その次に癒しの術、火の術、水の術の基礎を覚えた。 徐々に徐々に覚えていくと、母は、アフェにも笑顔を見せてくれるようになった。 しかし、幸せもつかの間。 母と兄と姉が、いなくなったのだ。 母に褒めてもらった翌日に三人は、突如、姿を消したのだ。 それから、アフェはアラードが来るまでに一人で過ごした。 今にも残る母の笑顔の思い出は、アフェにとって、大切なものだ。 光の魔法も、大好きだ。 いやな記憶を吹き消してくれるから。 でも、母と兄と姉が出て行ったあの家と、あの日の記憶だけは、未だに心の傷となって深くめり込んでいる。 許せないと、思う。 自分を捨てた三人を、許すことはないと思う。 しかし、母の笑顔が忘れられない。 嬉しくて、温かくて。 だから、光の魔法でいやな記憶だけは吹き消していくのだ。 アフェは、隣室から出ていく。 まだ、アラードは帰ってこない。
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