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ニレス。
ライル国の小さな町。
そのニレスの一軒しかない宿に、アフェはいた。
アラードの名前を、宿の受付の男に言って部屋を案内してもらう。
部屋の中は至ってシンプルであり、小さなテーブルにベッドが一つしかない。
あとは、二人座れるソファだけだった。
壁には、絵画など飾られておらず、あると言えば、大きな窓だけ。
そこから見える景色は、森と湖だ。
青い湖だった。
まだ、空は青く向こう側が夕焼けの色に染まりつつある。
湖に映るは、白い雲。
鳥が飛ぶ姿。
アフェは窓から離れ、隣室に続く扉を開ける。
ベッドが一つだけあった。
ベッドの隅に、荷物が置けるほどのスペースがあったので、アフェはそこに荷物を置いた。
灯りは点いている。
光の魔法だろう。
カンテラの中に、光が、浮いては沈み浮いては沈みの繰り返しで動いていた。
アフェは目をほころばせて、その光の動きを見つめた。
不意に、アフェの幼き時を思い出した。
初めて光の魔法を使えた時。
母は、褒めてくれた。
優しくしてくれた。
その時だけが、母の温もりを知る。
アフェの兄や姉が、魔法と剣の使い手で有名だったため、母はいつも二人から離れようとはしなかった。
アフェは、いつも母に甘えたかった。
兄や姉に優しくしている母を見ると、自分も同じようにされたいと思う。
だから、アフェは魔法を幼き時に覚えた。
光の魔法を初めに覚え、その次に癒しの術、火の術、水の術の基礎を覚えた。
徐々に徐々に覚えていくと、母は、アフェにも笑顔を見せてくれるようになった。
しかし、幸せもつかの間。
母と兄と姉が、いなくなったのだ。
母に褒めてもらった翌日に三人は、突如、姿を消したのだ。
それから、アフェはアラードが来るまでに一人で過ごした。
今にも残る母の笑顔の思い出は、アフェにとって、大切なものだ。
光の魔法も、大好きだ。
いやな記憶を吹き消してくれるから。
でも、母と兄と姉が出て行ったあの家と、あの日の記憶だけは、未だに心の傷となって深くめり込んでいる。
許せないと、思う。
自分を捨てた三人を、許すことはないと思う。
しかし、母の笑顔が忘れられない。
嬉しくて、温かくて。
だから、光の魔法でいやな記憶だけは吹き消していくのだ。
アフェは、隣室から出ていく。
まだ、アラードは帰ってこない。
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