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「……医者は患者の病を治すのが仕事だ。投げ出してもいい命ならば、治療はしないでいいか?」
陸が尋ねて冬樹を見た。脅しではない。本気なのだと冬樹を見据える瞳が教えていた。
「えぇ、僕は延命なんか望みません。だって生き物ですから」
冬樹が言うと陸は目を細めた。
「犬は死が近付いたら病を治すように行動しますか?鳥は飛べなくなったらまた飛べるようにと病院へ行きますか?イルカはケガをしたら医者にかかろうと思いますか?
僕は全部、否定します。人間だけですよ。命を延ばそうと考え、実行に移したのは。人は不自然です。違いますか?」
「……人間ならば、人間らしく治療を受ければどうだ?治療費を払えない訳でも、手の施しようがない訳でもない。それなのにお前は延命を拒否する。人としてお前は不自然じゃないか?」
しばらく、静かな空気になった。すると冬樹は、あはは、と笑い出す。
「僕は人間なんて大嫌いです。汚くて、醜くて、愚かしくて、腹立たしい。そう思っています」
「……何故だ?」
「見てきたからです。色んな世界を、色んな国を、そして……共通する、破壊された環境や人の心を」
笑顔は崩れない。冬樹は綺麗な顔に笑みを浮かべたまま陸を見つめる。
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