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黒月
時刻は少し遡り…夜になる数時間前の事、戦うためのいでたちをした女の幼子の声が老人のテントの中に響いた。
「継父!!」
幼子の声で継父と呼ばれた老人は目覚めた。揺り椅子に埋もれ、泥のように眠っていたらしく、体は酷く重い。
「何事じゃ?ヒラ。…それにその格好は?」
―あぁ、またか。
継父は揺り椅子から身を起こし、ヒラに向き直った。幼子の澄んだ真っ直ぐな瞳が老人の疲れた瞳に映る。綺麗で…真剣さがよくわかる。
「継父!!どうしてこんなに死ぬ人が出るのに、戦争を続けるのですか!!」
「わざわざ殺される道を選ぶくらいなら、最初から逃げればよかったです。
それが叶わぬなら、私も戦の場に立たせて下さい!!」
この幼子と、何度同じやり取りをしたか…。
そのたびに同じ事しか言えないのが、不甲斐なく…しかし、意地を張って信仰心を貫くときに決めたのだ。逃げず、と。
「戦争はのう、わし等の信仰心を侮辱した汚れた教会から仕掛けたのだよ。
それから逃げては、女神様を崇拝するわし等が、女神様を拝めなくなる。
それに、そんな戦争に子供を立たせるわけにはいくまい」
「信仰が両親の変わりになりますか!?父も母も同じ事を言って死にました!!
わたしなら…信仰より、女神様よりも母をとり、命を取ります!!」
「命があってこその信仰でしょう!?」
―ヒラ…その通りだよ。
女神は母代わりにはなれない。その気持ちを汲んでやれないのは、本当に苦しく、辛い。
辛いが…
「逃げて、わし等が祖の名を汚す訳にはいくまい。異国の民に、恥を見せることは無い…」
「恥をかいても生き続ける事が女神様の…全ての神の教えでしょう!!
『死を美徳としてはいけない。』これが真実だと、今まで教えてこられましたでしょう?」
―やれやれ、今日はなかなか引き下がってはくれない。
これ以上、ヒラを止める事はわしにはできなさそうだ…。
老人は目を瞑り、黙る事しかできなかった。
ヒラが再び口を開こうとした時、それを遮り黒ずくめの男が割って入った。
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