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その女性は、不意に私の方に向き直り、両手を前に合わせて深々と頭を下げた。
私は少し面食らいながらも周囲に気を配りながら、ゆっくりと彼女の方に近付いていった。
「こんばんは。こんな夜更けにお呼び出ししてしまって、ごめんなさいね」
彼女はとても丁寧に、そしてゆっくりとした口調で話はじめた。
「あ、そうそう、はじめに言っておきますね。私はあなたに危害を加えたりしようなんて、まったく思ってないから安心してくださいね。話もすぐに済みますから」
私は彼女の瞳を見つめていた。
彼女も私の瞳を寸分の狂いなく見つめながら話しかけている。
彼女の瞳はとても透き通っていた。
「今夜、あなたをこんな時間に呼び出してしまったのは、あなたに直にお礼を言いたかったからなんです」
お礼?
私は彼女の顔をよく見つめながら、どこかで会ったか思い出してみた。
どこかですれ違ったりしていたかもしれないが、少なくとも私の記憶にはまったくない女性だった。
「私はあなたをよく知っています。けれど、今のあなたは私をまったく知らない」
彼女は私のことを知っていて、今は私は彼女のことをしらない?
えっ?今は?
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