kiss

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俺の家を出ていこうとする人を俺は黙って見送る。 彼女は靴を地面で、叩き入れようとしている。 上手くいかなかったみたいで手を使って入れた。 不謹慎だけど、笑ってしまう。 君のそういう所が好きなんだ。 彼女が振り返って俺を真っ直ぐ見据えた。 「じゃあ……ね」 俺は壁に寄りかかったまま、手を上げて答えた。 あぁ、君は「さようなら」って言葉が嫌いだったね。 俺もあまり好きな言葉じゃないんだけどね。 「あんま仕事頑張り過ぎんでね」 彼女がそう言う。 俺は手を上げて答える。 「体調に気を付けてね?」 それにも手を上げて答えた。 「幸せになってね?」 そこで初めて、組んだ腕を崩す事をしなかった。 それが……俺に残された、唯一残された僅かな抵抗。 「笑っていてね?」 ……無理だな。 そもそも笑顔ってどうやって出すの? 無意識に出るモノじゃないの? 意識して、本当の笑顔が出せる人って何人居るの? 俺には……無理だ。 君を安心させれる様な笑顔は、出せないよ。 「ねぇ、キスしよっか」 俺は暫し考えて、頷いて彼女に歩み寄る。 涙が頬をつたい、唇を掠めた。 玄関で交わされる誓いのキス。 玄関で交わされる別れのキス。 また何年後かに会おう。 そう誓い、今は別れる。 さよならでは無く…… 「じゃあね」 そう言って、彼女は離れた。 俺は手を振って、笑って見送った。 彼女も笑って出ていった。 本気で笑うのは、今日が最後だろう。 「あはははは!!」 だから今は思いっ切り笑おう。 泣きながらでも…… 最後のキスの味は、涙の味がしました。
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