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新しいオフィスは自宅から二駅先、以前の職場からすると通勤は随分と楽になった。その分、オンオフの切り替えにかけられる時間が短くはなったが、すぐ慣れていくだろう。
「どういう事!? 佐々木さん、これで三度目よ?」
ドアを開けると同時に、激しくまくし立てる声が響いている。
「アナタ、前も同じ理由でクレームになったわよね? 少しも反省してないの?」
どうやら、スタッフが問題を起こしたようだ。電話に夢中で、彼女は俺が入って来たのにも気付いていない。
「おはよう」
目の前に立ち、小声で告げると、ようやく会釈を返してくれた。
混み入った様子の彼女の邪魔をしない様、俺は自分のデスクへと退散する。
まあ……いつもの事だが、デスクには、おびただしい数のメモが貼られていて、パソコンは画面も見えない。
一つ一つ目を通す。幸い急を要するモノは無く、ひとまず胸をなで下ろすが……。
「ん?」
パソコンの脇に置かれたノートを開くと、彼女の文字で3ページに渡り、対応と処理の経過が記されていた。
「ほぉ」
急を要する対応は、彼女が終わらせてくれたのだろう。その報告内容はほぼ適切で、俺の不在を考慮すれば、かなり優秀と評価できる。
「ふふっ、やるじゃん」
一人言ちながら、俺は給湯室に向かう。
コーヒーメーカーをセットし、そのまま電話を始めたのだろう。褐色に色を変えたガラスのポットからは、独特の香ばしい湯気が溢れている。
それぞれのカップにコーヒーを注ぎ、未だ電話中の彼女に差し出すと、それまで目をつり上げていた表情が少し緩む。
「とにかく、一度会って話をしましょう! アナタに働く意志があるならね」
やっと、一段落ついたらしい。
「おつかれ」
「おはようございます」
「2日も空けて、迷惑かけたな……今の電話、例の?」
「ええ、佐々木さん。またトラブル起こしたみたい……午後からクライアントに顔出さなきゃ」
彼女は優秀なアシスタントだ、とにかく積極的で、飲み込みが異常に早い。
俺が人間ドックに入れたのも、彼女に仕事を任せられたから。
「その佐々木さん? なんなら俺が対応しようか?」
「大丈夫、彼女とは何故か気が合うの、私に任せて?」
彼女の覇気は、俺を一気に日常へと引き戻していた。頼もしい限りだ。
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