テテルの目

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私は恐くなった。水晶があの子の命を奪ったと思ったから。あの子は私が殺したと思ったから。 少女がトラックに轢かれてしまったのは、言わば偶然だ。少女の言うような必然的で偶然な事じゃなく、ただの偶然だ。 私はそう思った事にして、忘れるようにした。   今は思う。 あの思いは間違ってはいない。結局は必然的な偶然ではなく、偶発的な事故だったのだと。少女は私に水晶を渡した後、どうするつもりか解らないが、少なくとも死ぬ気も死ぬとも思っていなかっただろから。     少女に会った次の月、大事件が起こった。   アメリカが突然『自国防衛のため』と言って敵国を作らず、世界中に平等に戦争を始めた。   ニュースキャスターが、   「みなさん、大切な物だけを持って逃げて下さい!!」   と、声を枯らして叫んでいた。 最初は何が起きたのかさっぱり解らなかった。 でも、遠くから聞こえる爆音と、何かの燃えるきな臭いに、今までの日常は無くなった事を告げられた。 私の家族も、着の身着のまま逃げた。 父が仕事先から戻って来るのは待てず、母と妹も逃げてる最中にはぐれてしまった。 私は、水晶だけ持って逃げた。   命からがら逃げ込んだデパートの地下で、地上戦のない事を祈りながら時間が過ぎるのを待った。 空爆が一端収まり、私は家に帰った。 父と母と妹がいるのではないかと思った。   ショックだった。   爆撃で家に空いた大きな穴や、バラバラになった壁。 崩れた壁の下敷きになった妹を見るのは。 妹の下には妹の子供が血の池に沈んでいた。   あれは忘れない。 真っ赤に、妹の血に染まった、小さな小さな手。   妹は子供を庇ったが、子供はその下で窒息してしまっていた。   『何故、戻ったの?』   私の問いに、爆弾の破片と家の壁で全身をズタズタに裂かれた妹は、答えなかった。   『訳の解らない、この戦争を何とかしなくては』   私が戦争に参加を決意したのはその時だ。   入隊は簡単だった。 女子供まで戦場に引っ張って行くようになっていたのだから。   私は、その時はまだ、アメリカが攻撃を止めれば世界は元に戻ると思っていた。   平和で平凡な日が戻ると信じていた。
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