4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
蝉の声も忙しく、暑さも増して感じられる、そんな夏の日。
そう、学生は夏休み。ここに、明治から続く、こぢんまりとした呉服屋、高須賀呉服店の一人息子で、中学2年生の高須賀優斗〈タカスカユウト〉が居る。優斗は、せっかくの夏休みを、毎日ダラダラ寝て過ごしていた。
今日も優斗は、いつものように、二階にある仏間で昼寝をしていた。
……仏壇に足を向けて……。
「優斗ぉっ!優斗っ!」
母親が、家中に響き渡る様な声と、乱暴な足音をたてて来て、優斗の居る仏間の襖を勢い良く開けた。
「まぁた仏壇に足向けて寝て!バチ当たるよ!」
母親は、パンッと、良い音をたてて、優斗の尻を叩いた。
「ってーな……。」
寝ぼけ眼を擦りながら、優斗は起き上がる。
「ひぃばぁちゃんのお見舞いに行くから、仕度しなさい。」
「んー……。」
優斗は、母親の言葉に生返事をして、再び夢の中へ……。
――しかし。
「へっ…くしょぃっ!」
この真夏日に、寒さで目が覚める。目を開けると、室内なのに、息も白い。
どうしたことか、と、優斗は辺りを見渡す。
どうも、様子が可笑しい。寝ていた畳も、襖の唐紙も、仏壇も硝子戸も。全て、さっきまでとは違うものとなっていた。
急な変化に優斗は驚き、キョロキョロしていると、再び、仏間に近づく足音がするので、優斗は、母親が来たものと思い
「今行くよっ。しつこいなぁっ!」
と、声を張り上げた。しかし、そこへ来たのは母親ではなく、一人の少女だった。年は十二歳位だろうか。小柄で、前髪は横一直線に切り揃えられ、後ろ髪は高いところで一つに纏め、麻の葉模様のリボンで縛っている。そしてそこから二つに分けて三つ編みにしている。服装は、朱色と白の縦格子の着物に、マスタード色の袴を履いている。
優斗は、部屋が一変した事に重ね、見ず知らずの、しかも、まるで時代劇にでも出てくるかのような少女が現れたので、呆気にとられ、言葉を失った。
少女も、見ず知らずの少年が居ることと、その少年にいきなり怒鳴られたことで、少し怯えている様子だったが、何も言わずに、仏壇の前に正座し、手を合わせた。
しばらくすると、少女は優斗の方を向き
「私はこの店の一人娘、ミヱと申します。あなたは?」
と、質問してきた。優斗はそれに対し、
「俺もこの店の一人息子で、優斗って言います。」
と言った。
正直に自己紹介をしたお陰で、かえってややこしくなってしまった二人は、再び黙り込んでしまった。
最初のコメントを投稿しよう!