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「…政宗殿?」
呼んでも返事はない。
ただ、幸村を凝視し続けている。
「いかがなされた?何か俺の顔に…」
がっ。
そこでやっと感触が分かった。
肩に感じたのは、紛れもない、握力。
ひっと息を呑んだのが自分でさえ分かった。
首だけが、人形のように後ろへと回っていく。冷たい汗が、背筋を伝う。
目に映ったのは、
「……見ぃつけた……」
にやぁと狂った笑みを表情に張り付かせている市であった。
瞬間、恐怖で身体が凍りつく。汗だけが、動いて伝ってぽたっと落ちた。
嘘だ嘘だ嫌だ嫌だ触るな触るな!
走れ、走れ走れ!なのに身体はぴくりとも動かない。
「見ぃつけたぁ!」
途端、けたたましいサイレンが政宗の感覚をこちらへと呼びもどした。警戒音だ。じんじんと鼓膜が刺激され、脳が揺れる。
頭痛さえ感じた。
弾かれたように政宗が立ち上がった。
「何やってんだ!」
その叫びで、幸村ははっと目を瞬かせる。
市が拳銃をこちらへと向けた。引き金への圧力は、十分。
「走れ!!」
拳銃を拳で弾き飛ばし、本意でいにしろ市の横っ腹に幸村の回し蹴りが決まった。
ずざぁっと鈍い音を立てて横伝いに倒れた市に、幸村は目を細め謝してから駆けだした。
けたたましいサイレンは鳴り続けている。視界の端に迷彩柄が映った。
油断した!油断した!油断した!!
どうして後ろへの注意を散漫にしてしまった?
どうして手の握力に気付けなかった!
油断した!自分はどうかしている。
自分より明らかに力量もない、ただの女にあれほどまで身体が凍りついてしまうなど、情けない!
「走れ!!」
短い夜は、長い夜へと移り変わる。
二人の荒々しい吐息と、手足が闇夜の空気を引き裂いていた。
(みぃつけたぁ。もう、逃がさない。)
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