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暗い暗い、体育館の倉庫。
散った命が三つ。
ぐちゃり、と肉の潰れる音が空しく虚空へと消える。
血が飛び、手には金属バット。凹んだ部分が振るった回数の多さを物語る。
握る手はまだ幼く、少年の瞳に光はない。けれど、握る手の強さは爪が食い込む程。
「謝れ」
紡ぎ、無慈悲なバットはまた下ろされた。
また一つ二つ、血が飛び散り白いレンガの壁と使う筈だったボールを汚す。
亡骸に命は既にない。与えられる冷たい衝撃に、身体を跳ねさせ応えるだけ。
震える声は、怒りに塗れて。
「誰が俺に謝れと言った。誰がお前らに死ねと言った。謝れと言ったのだ」
死を与えたその手で、お前は死んではならぬと命令する。あまりにも皮肉な。
「謝れ、佐助に。謝らぬか…あやまれ…あやまれえぇぇ!!」
怒りに吠え、猛る。
もうそのものを侮辱する口も、そのものに謝る口も潰された亡骸に彼はまだ衝撃を与えようとするのだ。
また血が飛ぶだろう。
と、その時だ。その幼い血まみれの手を、何かが阻んだ。
だが阻みに激昂し、さらに暴れ、振りほどこうとする幼い少年を何かが優しく抱き締めた。
「旦那」
ただ一つ少年を宥められる声が彼を呼ぶ。
まるで電気が消えたかのようにふっと止む抵抗。身体からは力が失われる。
振り向いた少年の眼は裂けるほどに見開かれ、血に塗れ、痛々しい狂った様。
名を呼んでも、バットは下されなかった。する、からんからん、と手から落ちる。
少年は血に濡れた顔で、怪しく歓喜に震えた笑顔を見せた。
抱き締める青年は、やはりなだめ、愛しむような眼を細めてみせた。
「すまぬ…」
謝罪は真っ赤に濡れた。
「…お前を侮辱したものに謝罪を言わさせることさえも出来なかった…俺に謝るばかりで…だがほら、俺が全部、…ほら」
見下ろした先には地獄。
半笑いになりながら、褒めてくれ、とでも言いたげに。
自分が血まみれだということを、知らぬかのように。
叱りの言葉も否定も、突き放すこともしない。
血まみれの額にちゅ、と口付けて血を舐め取った。さらりと茶色の髪を撫でて、
「…いい子」
とだけ、言った。
満足したのか、にっこりと狂気に満ちた無邪気な笑顔を彼へと向け。
佐助も、にっこりと優しい笑顔を見せた。
(褒めたのは、何?)
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