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だんっと、鈍い音で地に叩きつけられた少年がいた。
それでも怯むことなく顔をあげて覆い被さるように立っている女性を見上げる。
その眼に光は霞みかけ。
鼻で笑い、少年をつま先で蹴り上げた。
「醜い目で私を見ないで」
咽返りながら、少年は目を見開いて右目を押さえた。
酷く落ち窪み、眼球そのものが、ない、目。
左目は、その女を見たまま離れない。姿を焼きつけるように。
「汚わらしい!何故お前は生まれたの?この腹から出たとは思えない、どうして?!」
荒々しく少年の乱れた襟首を持ち上げると少年の足もとが一瞬浮き上がる。
苦しそうにまた咽た。
「私は望んでいなかったのに!」
ぎぎぎ。
締め上げる手は止まらない、少年の息遣いは浅く短いものに支配されていく。
口を開け、目は女を捉えて。
(何でこんな目に遭う?)
浮いた疑問は消える。
乾いた息が少年から漏れた。ず、と足を引きずりながら背をテーブルにし気管を阻まれていく。
「そんな目を持っているせいで、私はどんな目に遭ったか!」
(だから、僕を殺そうとしているの?)
遠のき始めた意識のなか、こつん、と手にテーブルの上にあったナイフ。
冴える思考にもはや息はしていなかった。
「どんな辛い目を味わったか!お前なんか見たくない、醜い目を晒すな!」
(僕のせいで?)
力など入らないはずだった手は、ナイフを握りしめていた。
霞始めた目も、ぎらぎらと輝き女を捕え、隻眼は狂ったような哀愁に包まれ。
「聞いているの?聞いてるのっ!?政宗!」
(五月蠅い)
哀愁は狂気へと。
「死んでしまえ!」
(母さん、かあさん…)
狂気は、憎悪へ。
「消えてしまえ!!」
(つらいの、?かぁさん…)
憎悪は、
「死んでしまえぇ!!」
(かあ、さ…)
殺意へと。
ざしゅ。
鋭く、床に叩き付けられた音より軽薄で無慈悲な音。
引き抜いて。二回刺して、三回刺せば、少年は動きをやめた。
机へ乗り上げていた身体は解放され、束縛していた女は、床へと伏せた。
頬にかかる血飛沫にさえ少年の表情は、変わらない。
「あ、…ああ、あ…」
声にならない声。
右目を押さえこみ、血だまりの中、声を押し殺して。
物語る何かが、幼い心はぼろぼろの雑巾のように擦り切れ。
動く左目は、無残な亡骸へ。
笑みは、血に輝いて。
(彼が喜んだものは、何?)
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