はじめに

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 どんよりと陰気に曇った灰色の夕べ、ひゅうひょうと風が吹きすさび、ざわざわと枯れ木の枝が音を立てる。  石畳の塵芥が巻き上げられ、人々の閉ざされた戸と、火を吐く竜をモチーフにした鉄の門をくぐり抜け、館の固い門扉に吹き付ける。  〈ある錬金術師の館〉と呼ばれるその館は、うら寂しい旧市街の一画にひっそりと立っていた。  積み上げられた石材は、日に焼け灰色に染まり、稀代の彫刻家に彫らせただろう数々の彫像や彫刻は、長年の風雨に磨耗し、かつては見事な刺繍花壇だった庭園には雑草が茂る。木立は枯れ、真珠の飛沫(シブキ)を吹き上げた噴水は、苔(コケ)と蔦(ツタ)に覆われていた。〈竜の門〉から続く石畳は土に埋もれ、館全体も緑の蔦(ツタ)で覆われていた。  館というより、宮殿か、あるいは聖堂のようにさえ見えるその館は、辺りに、一種異様な存在感を示していた。  そして不思議なことに、この館には窓が一つもなかった。  明かり採りの窓はおろか、バルコニーに面した場所にさえ何も無し。ただ、無骨な石の壁が有るばかりである。  よくよく見れば、館の彫像や彫刻群は、ある一つの題材をモチーフにされていた―――  聖闇戦争、そして、神龍ヴァラカンテの神話である。
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