プロローグ

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 声変わりなどしていない、まだ幼なすぎる声。 囁く程の小さな声が、母親には自分の耳を貫いて響くように感じた。 その刹那、母親は気付かぬ内に階段を駆け上がっていた。 小さな声は、母親の身体を動かした。  血の先に続くのは──子供部屋。  先程過った不安が再び全身を駆け巡る。心臓の鼓動は先程までより更に早くなっていく。 震えは全身をまわり、立ち眩みを覚えたように足取りはふらつく。意識を保つ事さえも苦に感じた。 だが、何が起きているのかはっきりとさせなくてはならない。  恐る恐る覗き込むようにして見た部屋の中は電気が消され、窓からの月明かりだけが仄かに照らす。 母親には薄暗い部屋の中も視界にはっきりと映った。 暗闇のせいで黒く見えるが、部屋中に飛び散った血液。 部屋中に散乱する、たくさんの子供用の玩具。 その中に交じって見えたものに、母親の視線は微動だに出来なくなってしまった。
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