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少女は今しがた使用していたケータイを閉じた。太陽も既に真上を越えて僅かに傾き、それによって影が伸びていく。二階建ての公民館の裏は丁度その影が伸び始めた所で、彼女はそこの植え込みに座っていた。午前中は日光を受けて満開の様を誇らしげに魅せていた花も、今は陰によってその輝きも失せている。
視線で花びらをなぞりながら、彼女は肩から提げたポーチの表面を手で弄る。何故かケータイをそこにしまう気にはなれなかった。片手で蓋をなぞりながら、もう片手でケータイを開けたり閉じたりを繰り返す。しかし、少女が画面を覗きこむ事は無い。視線は上空へと移り、流れる雲をぼんやりと眺めるだけだ。
「……元に戻るかなぁ……」
祈るように呟かれたそれを己の耳で聞き取って、少女は目を閉じた。そしていまだに開閉を繰り返すケータイへと改めて視線を移す。相変わらず何の反応も無い。だが、それならそれで待つまでだ。子供のくせに、と思われるかもしれないなどとは露も思わない。彼女は自分で考えた上に行動を起こしたのだ。選んだのはこれで良かったのだと、そう信じて疑わないゆえに考えはそこに行き着いた。
早く待ち人は来ないだろうか。日陰とはいえ暑い事に変わりはない。出てくる時に飲料物を持ってこなかったのは痛いミスだ。しかしながら、この考えを思いついた時の勢いで出てきたのだから持ってこなかったのはおかしくはないと言える。
喉が渇き始めている。首筋を撫でるように下りていく滴を感じ取った。公民館の表には自動販売機がある。そこまで行って飲み物でも買おうか。実行に移す事を決めると、彼女は両足を揃えて振り上げた。いざ振り下ろさんとしたその時、手元のケータイが鳴り響く。彼女が大好きなメルヘン系アトラクションのCMソングを聞いてメールだと理解する。期待に満ちた目で彼女はケータイのサブディスプレイを覗き込んだ。
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