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唐突に、声がした。どこから発されているのかも分からぬ声が、石のレンガで造られた建物の一室に響き、椅子に座る彼の耳に届く。その背もたれは血のように赤く、縁取りには黄金より色あせている金色が覆う。背後の壁には蔓を模したレリーフが左右に刻まれた四角い扉が重みを感じさせる圧倒感を出している。
どれ程の長い間、聞いていなかったのだろう。
懐かしくも憎い声。今すぐに暗黒の剣を持って声の主に斬りつけたい。
だけど、出来ない。自分と声の主の間には見えぬ大きな壁がある。
不完全な自分の居る世界と、完全なる主の居る世界の違い。
それが、自分達を隔てる壁となって存在しているのだ。
声の主は一方的に用件を告げると、彼の返答も聞く事なく最後にさよならを告げて交信を断った。
その無礼な振る舞いに苛立つも、向こうにとって自分は礼儀を行うに値せぬ存在なのだという事に気づき、表情に思わず嫌悪の色を浮かべる。
逆ハの字にしていた眉は、次第に通常の滑らかな流れの形に変わる。今は怒りを滲ませている時ではないと自分を諌めたからだ。
先程の声の主──憎き神の一方的な言葉を脳内で吟味するように反芻する。憎い相手の声を思い出す事さえ疎ましいが、自分の為すべき事の為には必要なのだと言い聞かせた。
『お久しぶりですね。ふふふ……。
さて、貴方にお知らせです。私は今から【光】の者達を六つに分けて転生させます。いずれ貴方の元へと送るつもりですので、その時はお覚悟を……。
では、さようなら。くすくすくす……』
要らぬ言葉も思い出したが、仕方がない。何はともあれまずは部下の呼び出した。
一人の部下を呼べば、すぐに現れる。
赤い小鬼だった。体長で言えば百三十センチそこそこだろうか。黒い布地を腰に巻き、むき出しの腕や胸には筋肉が盛り上がって見える。
少し吊り目の大きな目を伏せて、自分の主人たる【闇】の王の前にかしずいた。
「お呼びですか、ファルフォス様」
「ああ。リグ、貴様に命令を下す」
今ではもう当たり前のように慣れた新しい名に応じて、新たな言葉をかける。
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