2.浅井会長のニセ本尊作成疑惑について

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それでは、平成15年に儀礼室に開陳した四幅の導師御本尊はどこに隠してしまったのでしょうか? さらにいえば、なぜ儀礼室の重要な会議の席上で、この「六幅」の「御形木導師曼荼羅」なるものが説明されなかったのででしょうか? 結論からいえば、「御形木導師曼荼羅」なるものはこの世の中には存在しないのです。   なぜならば導師曼荼羅は、末寺御住職の申請によって御法主上人が顕わされるが、みな直筆の御本尊であります。また授与書きには、御本尊が授与される寺院名及び願主の御僧侶の道号と日号が示されるのです。 「御形木導師曼荼羅」なる珍妙なものは、この世の中には一切存在しないのです。   浅井会長はこうも言いました。 「昭和30年以降日淳上人が『日寛上人書写の御形木御本尊』に統一した。昭和41年1月以降、日達上人書写の御本尊下附に変更したのは池田に諂ったためである。昭和41年とは池田が三百五十億円をむしり取った頂点の時期であり、その時期に変更したことを憂慮していた。日蓮大聖人に背いた日達上人・日顕上人に御本尊を書写する資格があるのだろうか。顕正会は日達上人と日顕上人書写御本尊に無縁であり、御高徳の日寛上人・日布上人の御本尊に縁できる故に有難い。」 (趣意、『顕正新聞平成19年10月5日号』) などと、御本尊不敬の大謗法の大暴言をなしなのであります。   「日蓮大聖人に背いた日達上人・日顕上人に御本尊を書写する資格があるのだろうか。」 については、全く意味の通らない訳のわからない発言です。 御相承をお受けあそばされた御法主上人の書写された御本尊様には一切差別(しゃべち)など存在しないのです。   次に、「顕正会は日達上人と日顕上人書写御本尊に無縁であり、御高徳の日寛上人・日布上人の御本尊に縁できる故に有難い。」 についてでありますが、これこそ出鱈目も甚だしいのであります。 なぜならば元妙信講員で、日達上人書写の御形木御本尊を下附された者は多数おります。 また、創価学会から顕正会に入会してしまった人のなかでも、日顕上人書写の御形木御本尊を下附されているものも多くいたではないですか? 浅井会長の妄言を正論とするのならば、これらの人に対して、いまさらどのように申し開きをするのでしょうか?
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