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  「そう…細い路地があって…体がぎりぎり通るぐらいの… そこを通り抜けると…黒に近い茶色の木の塀があるんです… その塀を乗り越えると…砂地の細い道に出て… 道沿いに…乗り越えた塀と同じような塀が…長々と…長々と続くんです… そしていつもの古い屋敷に出て来るんです…」  知らぬ間にぼんやりと蛍光灯を見つめていた俺は視線をドクターに戻した。 「そこにいつも入るんですか?」 ペンの端を噛みながらドクターは尋ねた。 「どこから入るのかは解らないんですけど…気が付くと、その屋敷の中にいます。そこがいつも出発点で、そこからいろんな所に行けるんです」 「例えば?」 「例えば…ホテルのフロアに出れたり…学校の校舎だったり…デパートの倉庫だっり…あっ、プールもありますよ」 「そういう夢は誰もが見ますよ。特にたいした事じゃないと思いますけどねぇ」 ドクターはペンの端で頭を掻きながら壁の時計を見上げた。 「それがいつも続くんですよ!なんか繋がっていて、そっちの世界が本当にあるみたいに!」 俺はドクターの視線を戻そうと必死で訴えた。   「まあ月並みな言い方かも知れませんが、疲れが溜まっているんでしょう。ビタミン剤でも出しておきますよ」 ドクターはそう言って体をデスク側に戻しカルテを書き始めた。 「何か症状が出るようでしたら御連絡下さい」 一瞬だけ視線を俺に合わせ軽く会釈したドクターはもう振り向かなかった。  俺は力なく病院を出た。  カウンセリングしてくれる病院だと聞いて会社を休んで来たのに…やっぱり日本の精神科は遅れてる。欧米では普通の事なのに…  今日一日どう過ごそうか? 腕時計を見るとまだ午前11時…妻にも内緒で来たから帰る訳にもいかない。  でも急に出来た秘密の休日に少し俺は子供のようなトキメキを抱いて繁華街へと歩き出した。  
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