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「やっぱ忘れちゃったのかな~…」
机に突っ伏して嘉香は溜め息をついた。髪の長さが変わってても、身長が伸びてても、嘉香は直ぐに気付くことができたのに。それを相手に望むことがいけないのだろうか。
篤郎が出て行った教室は、色褪せて見えた。
「忘れてた方がいいってこともあるんじゃないの」
「なんでよ~」
聖園の言葉に嘉香がぷぅっと頬を膨らませる。
「確かに私もあいつが忘れてることに最初はむかついたけど…」
頬杖をついたまま窓の外を見る。今日もあいかわらずの空が広がっていた。
「思い出したら一緒にいられなくなる可能性もあるんだから」
聖園の言い分はそのとおりで、でもそれを認めたくない自分がいる。
だって兄は、嘘をついたことなんてなかった。
だからこれは絶対。
絶対。
「でもだって…忘れてるだけだもん」
「諦めないねえあんたも」
呆れた聖園が後ろに体重をやってぎこぎこと椅子を鳴らした。
「諦めないよ」
忘れてるなら思い出させてみせる。嫌われたって何したって、それだけは絶対だから。
「絶対だもん。絶対」
「…ふ~ん」
ギギギィイ…
これだからたてつけの悪い扉はと悪態をつきながら押す。小学校のときは屋上は閉鎖されていたけどここでは誰でも出入りできるらしい。ということでめんどくさくなったらここにさぼりにくることにしようと入学早々決めた。
「にしても…」
むかつくぐらい良い天気だ。雲のひとつやふたつあった方がいいと思う。暑いし。
「こんなん春の陽気じゃないっつの……」
学ランを脱ぎ捨ててフェンスにかけると冷たい風が汗で濡れた背中を冷やした。照り付ける太陽とは違って風はまだ冬のようだ。
それでも世間は春だ春だと。
いい聞かせるように。
風に流れる花びらのように。
巡る季節は。
俺を置き去りにしていく。
「……春だなぁ」
呟きは風にさらわれて、誰も聞くことはなかった。
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