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声をかけてきたのは、東京イミテーションのマネージャーだった。
「あ、はい!なんでしょうか」
「東イミのマネージャーの正木です」
そう言って、正木は名刺を渡す。
「あ、わざわざすみません!頂戴致します。私こそご挨拶がまだでしたね。上條美月と申します」
職業病なのか変に畏まって受け取ってしまい、正木には予想外だった様で一瞬ポカンとしたが、すぐにふん、と鼻を鳴らした。
「さっきも言ったように、こんなの特例なんです。くれぐれも他のファンにふれまわったりしない様にお願いしますよ。ネットに書き込んだりとかも絶対NGですからね」
どうやら、未だに美月が来ていることが不服らしく、正木は不快感をあらわにしていた。
「ま~たいじめてんですかぁ?」
返答に困っていると、打ち上げ参加を提案してくれた伍見が会話に入ってきた。
「いやいやいや、そんなんじゃないっすよ!」
必死に取り繕う正木。
「ごめんね~この人こーゆー人なんだわ。悪気ないんだよ、分かってやって」
伍見は笑いながら言った。
「いえ!当然の事を言われたまでですから…」
伍見の人柄も想像とはちぐはぐで、未だに話している自分が信じられない。
「あはは。若いのに何だか謙虚なコだねぇ。で、どうだった?今日のライブは」
気を使っているのか、素なのか、伍見はさらに話しかけてくる。美月は素直に今日の感想を話した。
「へぇ、音楽が本当に好きなんだね。それにベタ褒めじゃん。ありがとね」
「いや、その、何だか偉そうに聞こえてたらごめんなさい!実は私、バンドしてたんです…だから、ほんの少しなら演奏の事も分かるので…とにかく、とっても素敵でした!」
「なるほどね!君もバンドしてたんだ。…で、肝心のボーカルはどうだった?うちの代表さんは」
そう聞かれると、何故か胸が締め付けられる。
ーー 苦しい。
「……完璧な方です。まさしく理想通りのボーカルだなって。声も歌詞も曲もその全てがジャンルや系統に囚われない、唯一無二のボーカリストなんだと、改めて感じました」
「へぇ…」
伍見は関心した様に、小さく相槌をうつ。
「でも……」
「でも?」
「軽々しく好きです!とかそう言うんじゃなくて、聴いてると胸が苦しくなるんです。……嫉妬、なんでしょうか。自分でも分からないくらいに心が乱されてしまうんです」
ーー そう。
恋にも尊敬にも嫉妬にも感じられる、胸を締め付けられるこの痛み。それが、千葉裕二に惹き付けられる理由だった。
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