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「美月さん、お願いします」
上條美月、20歳。成り行きで始めたキャバクラも、もう二年になる。
高校の頃、初めて出来た彼氏とバンドを組んだ。初めての恋、歌う事で初めて抱いた夢、思い。
そしてそのバンドが解散、と同時に失恋。
バンドのために短大も中退し、また時間の融通や金銭面も都合が良いと、この仕事も始めたが、特に目標も生きがいもなくなった今、ただおもむろに働いている。
今でこそ夜の蝶やらキャバ嬢などと言い、何となく聞こえも良いが、所詮は水商売。現実には華やかさなど微塵もない。
客は基本的に下心しかないし、こっちも金を使わせるだけ。心底薄っぺらな仕事。
「美月ちゃ~ん、今日上がったらご飯行こうよ~」
「あはは。ごめんなさい、美月明日早くから用事があるから」
ーー めんどくさ。仕事終わってまで付き合うわけないだろ。
そう、薄っぺらなどと表現したのは、水商売に対してではない。自分自身の事だ。この仕事にも熱を持ってプロ意識を持っている子は山程いる。
自分はただダラダラと出勤し、適当に会話をし、酒を飲み、金を貰って帰るのだ。
「お疲れーー」
自分の気持ちとは裏腹に、無駄にギラギラと輝きを放つドレスを脱ぐ。
けれど今夜はちょっとだけ気分が良い。明日はとあるバンドのライブに行く。憧れてやまない「東京イミテーション」に逢えるのだ。ヒットチャートに登る程有名ではないが、知る人ぞ知る実力派のロックバンド。
この、空虚な気持ちを埋めるにはもってこいのイベントだった。
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